消費者金融の交渉記録の秘密
現在、消費者金融には、お客と契約に関して交渉した内容を、最終弁済期日か契約を解除した日のいずれか遅い日から少なくとも10年間保存することが義務付けられており、記録すべき事項も、以下のように法律で細かく規定されています。
- 交渉の相手方(債務者、保証人等の別)
- 交渉日時、場所および手法(電話、訪問、電子メールおよび書面発送等の別)
- 交渉担当者(同席者を含め)
- 交渉内容(催告書等の書面の内容を含む)
- リボルビング方式で出金停止措置を講じた場合は、措置を講じた旨とその理由
このような記録がなければ、過去にどのような交渉をしていたのか、わからなくなってしまうので、これは至極当然のことではありますが、私が消費者金融に入社した、90年代半ばは、ここまで細かな決まりはありませんでした。
もちろん、その時代もお客との交渉内容は記録していましたが、せいぜい「顧客カード」と呼ばれる記録簿の裏面に記載できる範囲だけで、そのメモが一杯に埋まれば、過去の記録は、なんと消しゴムで消して、また上から書くといった状態でありました。
消されては困るような重要事項は、どこか別の余白に、ボールペンで記載しておくなどの工夫はいりますが、こんな程度の管理でも、正直それほど困ることはありませんでした。
ひと昔前にはこんな牧歌的時代があったのです。
今回はそんな時代からのお話です。
手書き時代の思い出
前述したとおり、私が入社した当時の交渉記録は、「顧客カードに」従業員が手書きで書いていました。
イマドキの若い方には、わからないかもしれませんが、この“手書き”というのがミソで、これはこれで記録としては、優れた面もあったのでした。
その文字の書きぶりから、書いた人物の感情が伝わってくるというか、例えば、いくら丁寧な文言が使われていても、荒々しい書きぶりだったりすると、「この顧客とは、ずいぶんと揉めたのだろうなあ」とかいうこがなんとなく伝わってくるものでした。
また、「顧客カード」の表面の、住所、氏名、生年月日、勤務名などは、顧客の直筆でしたから、その文字の印象から、「大雑把なタイプ」とか、「神経質なタイプ」とか、「プライドが高そうなタイプ」だとかが、おおよそ想像できたものでした。
このような手書きの文字からくる情報は、債権管理だけでなく、融資の審査の時にも、少なからず影響を与えていたものでした。
もちろん手書きにはデメリットもあります。
お客や従業員が書く文字が達筆(下手)すぎて読めなかったり、漢字が上手くかけない者がいると、話がややこしくなってしまうこともあるのです。
かくいう私も職業欄に「清掃業」を「せいそうぎょう」と、ひらがなで書いてあってのを見て、「製造業」と勘違いしてしまったり、「不動産業」を「ふどう産業」と書いてあったのを見て、なんとブドウ農園の経営と勘違いしてしまったこともありました。
このように手書き時代には、それはそれでそれなりの味わいもあったものでしたが、時代の流れによって、いまでは、中小消費者金融であっても、ほとんどの会社が、手書きではなく、システムへ入力する方式に変わっています。
交渉内容の記録のシステム化
さて、冒頭でも説明しましたが、現在は、顧客との交渉内容については、契約中はおろか、契約が終了してからも10年間は保存しなければならなくなっています。
しかし、この期間については、元々は、適当に消しゴムで消していたものが、一切消さずに3年は保管することになり、それがさらに10年は保管するようになるなど、段階的に厳しくなっていきました。
このような時代の流れの中で、私が勤務していた会社でも、それまで手書きで書いていた交渉内容を、システムに入力する方法に変えてゆくことになり、そのタイミングで、過去、手書きで書いてあった記録も、システムに乗せ換えることになりました。
しかし、当時、私の会社では、このことについてある問題を抱えていました。
従来の交渉内容の記録が、不適切文言、放送禁止用語のオンパレードだったのです。
「返済が遅れていたので、キッチリ、シメテ言い渡した!」
とかはまだマシな方で、古い債権の中には、
「こいつは根本的にバカ!」
「キ〇ガイ」
など、改めて見てみるとめちゃくちゃな状態だったのです。
まあ、古い債権については、当時の時代背景や、従業員の質という問題もありましたが、システムに乗せ換える前に、これまでの交渉内容の文言をマイルドに変更することは必須でした。
そして私の所属していた支店では、私がこれまでの不適切な文言を全て書き直すよう指示されたのでありました。
不適切文言を書き換えろ!
また、当時は、某大金融業者の、「腎臓や目ん玉、売って金返せ!」といった暴力的な取り立てが社会問題化していたこともあり、私がいた会社でも取り立て行為やその記録については、かなりナーバスになっていた時期でした。
次回の行政監査では、このようなことが行われていないかチェックされることは必至であり、この不適切な文言をそのまま残しておくのは、いかにも不味く思われました。
そのため私は、次のように徹底的に言い回しをマイルドに変更することとしました。
●シメテ言い渡した
⇒話し合って理解をして頂いた
●バカ、アホ
⇒やや理解力が欠如している印象がある人
●キ〇ガイ
⇒感情の起伏が激しい人
●親に協力してもらうよう促した
⇒親に相談してみるとの申し出があった
●こちらから親に協力を依頼したら代わりに払ってくれた
⇒親から、是非とも立替払いをしたいとの申し出があったので、やむを得ず承諾した。
その結果、これまで、
「返済を詰め寄ると、キチガイのようになって逆ギレしたので、キッチリシメテおいた。」
であった文章が、
「返済の話をすると、本人が感情的になって話が進まなかったが、落ち着いた後に、話し合い、最終的に合意ができた。」
となり、この調子で、全ての債権の交渉記録を見直したのでありました。
そして、その年の行政監査は、これまでとは打って変わった、「聖人君主」のような交渉内容の記録に、検査官は思わず、失笑しながらも、無事何事もなく、終えることができたのでありました。
尚、この一件に懲りた私は、それ以後、どんなにお客と長時間にわたる交渉をしていても、全て、
「本人から明日、入金をすると申し出があった。」
と一行にも満たない文章しか入力できなくなってしまったのでした。